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sa:
あと毎夜、寝る前に考えてることがあって。
それは小さい頃、ヘレン・ケラーが、耳が聞こえないから話せないということを知った時の驚きのことで。
口は動くんだから話せるだろうと、なんとなく思ってただけにびっくりした。
聞かないと話せない。
普段から、奥さんがおいしいものを食べてないと、家庭の料理もおいしいものが出てこないという話もある。
食べないと、料理作れない。
いろいろなおもしろいものや美しいものを見ない人の作るものがつまらなかったり。
見ないと見せられない。
あと、ブログや勉強会などどこでも自分から情報を発信すると、それに見合った情報が入ってくるようになるというのもある。
書かないと読めない、話さないと聞けない。
先生は授業するとき前で話すけど、生徒からリアクションがないと話せなくなる。
聞けないと話せない。
旧来の情報処理のモデルというのは、自動掃除機みたいに周囲の情報をどんどん摂取していくか、反対にシューティングゲームのボスキャラみたいに周囲に情報をばらまいていくかのどちらかだった。
とても簡単。
入力、処理、出力、この3つの繰り返しで全てが済んでた。
でもたぶん、最近学んだモデルは反射がベースになってて、聞くことと話すこと、学習することと教えること、見ることと見せること、全てがセットになって同列になってる。
自分と周囲との間で、情報の反射と反復が発生してる。
イルカのソナーのモデルに近い。
(前のモデルよりどういうふうに複雑なのかというと、シューティングゲームのボスキャラが人間が操作してるような動きになるようなものだと思う)
この反復している情報は、自分のものでもあり、環境のものでもある。
これがうまくできる人もいれば、できない人もいる。
感受性は高いけど(ほんとか?)外に出せない人(神妙に聞いてるけどリアクションない)、外に出せるけど受ける力が弱い人(声はでかいが人の話を聞かない)。
こういうことが人と人との間だけではなく、人と環境、生物と環境の間でも起こっているのだろうと思う。
ここまで。
寝ないと…。
Source: sa